第59回大阪府菓子技術コンテスト事前講習会レポート【前編】
第59回大阪府洋菓子技術コンテストに向けた事前講習会が10月22日、大阪ガスのハグミュージアムで開催されました。会場には若手パティシエから製菓学校の学生まで、20名を超える参加者が集まりました。講師を務めたのは、ホテルグランヴィア大阪の市原健太郎シェフ。今回のコンテストテーマである「冬のショコラ」に沿って、チョコレートの特性を生かしたアントルメの製作ポイントが紹介されました。
市原シェフが提案したのは、酸味と香りを軸に“冬”を表現するショコラ。構成要素や仕込みの順番、香りの立たせ方まで、現場ならではの視点を交えながら、ケーキづくりの考え方と技術を伝えました。


会場には、今回の指定材料であるカカオバリーとDLAナチュラルズのチョコレート、レ・ヴェルジェ・ボワロンのフルーツピューレが並び、参加者はテイスティングをしながら、それぞれの味わいと香りの違いを確かめていました。
冒頭では、シェフ・アシスタント・参加者全員が自己紹介を行い、和やかな雰囲気でスタート。
「講習というより実践。質問もしますので準備しておいてください」と語る市原シェフに、参加者は笑顔でうなずきながらも、どこか引き締まった表情に。プロの技術に触れる時間へ向けて、会場の空気が一段と高まっていきました。
市原シェフの「冬のショコラ」は、味と香りのレイヤーを精密に積み重ねた一品。
講習会では、それぞれのパーツの仕上がりを決める温度や混ぜ方、素材の扱い方まで、実演とともに解説されました。
ホテルグランヴィア大阪
調理部 ベーカー係長 Patissier
市原 健太郎 氏
▼Profile
アシエットデセールの全国大会で史上初の2度の優勝をはじめ、数々の製菓コンテストで優れた成績を収め、高い芸術性と確かな技術は業界内外から高い評価を得ている。
また、新たな発想と独創的な技法は、洋菓子の表現に革新をもたらしている。
さらに、コンテストでの助言や専門学校での特別講義を通じ、指導を受けた多くの若手技能者が各種コンテストで優秀な成績を残すなど、業界の発展に大きく貢献している。
=受賞履歴=
2013年 第7回アシエット デセール・コンテスト 準優勝
2014年 第1回 JR西日本ホテルズパテシエコンテスト 準優勝
2014年 ROLL-1 グランプリ / 第3回スイーツコンテスト 準優勝
2017年 第11回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 3位
2019年 第13回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 優勝
2019年 第14回クインビーガーデン メープルスイーツコンテスト グランプリ(最優秀賞)
2020年 第1回 DLAショコラ アレンジレシピコンクール アシェットデセール部門 優秀賞
2020年 大阪府洋菓子コンテスト 優良賞
2022年 第15回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 優勝
2024年 第12回スイーツコンテストCake-1グランプリ 準グランプリ
2025年 第18回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 準優勝
魅惑のクリスティアン・冬の香りを支える“土台の設計”
アントルメの最下層には、ザクッとした食感のクリスティアンが据えられています。
ヘーゼルナッツのプラリネやジャンドゥーヤを合わせ、さらにカカオバリー「アルンガ」を使用することで、ショコラの深みとコクをしっかりと支える構成です。
さらに今回のレシピには、紅茶ヌガー、紅茶シュトロイゼル、紅茶ラングドシャといったパーツも組み込まれており、ほんのり華やかな紅茶の香りがショコラを引き立て、“冬の香り立ち”をつくる重要な役割を担っています。
「食感だけでなく、香りの立ち上がりも作品の印象を決めます」と市原シェフ。
食感、香り、コクの三方向からショコラを支える土台設計が、冬の一皿に奥行きを与えていました。
コンベクションで均一に焼き上げる”ビスキュイサッシェ・ショコラ”

「ビスキュイサッシェ・ショコラ」の工程で市原シェフが強調したのは、コンベクションオーブンの扱い方です。
コンベクションは熱効率が良く、すぐに膨らみやすい。
市原シェフはその特性を踏まえ、「焼成中に一度電源や送風を止めて膨らみすぎを抑え、再び温度を上げる」という工程を丁寧に繰り返し、理想の生地に導いていきます。扉を開けると庫内温度が約10℃下がることまで計算に入れ、温度変化を見越したコントロールが印象的でした。
酸味を活かす”ガナッシュ・ミュール”
続いては、味の軸となる「ガナッシュ・ミュール」。市原シェフがテーマに掲げた「酸味と香り」を最も象徴するパーツです。ここで使用したのは、レ・ヴェルジェ・ボワロンのフルーツピューレ。中でもミュール(ブラックベリー)を選び、チョコレートの酸味を引き立てながらも、まとまりのある味に仕上げています。
まずピューレを106〜107℃まで煮詰め、水分を飛ばして旨味を凝縮。シェフは「温度だけでなく泡の大きさ、鍋底の見え方、色の変化も見る」と温度計だけでなく状態を見極める感覚の大切さを強調しました。
煮詰めたピューレは約50℃まで冷ましたところでチョコレートを加えるのがポイント。
「乳タンパクの変性や分離を防ぐ温度帯。50℃で混ぜることで香りと口当たりが損なわれない」と説明。“素材を理解して活かす”アプローチが光りました。
余計な重さを足さない“クレームショコラ”

ガナッシュの次に仕込んだのは、チョコレートの味をまっすぐ届ける「クレームショコラ」。
市原シェフが選んだのは、シンプルな構成。生クリームとチョコレートを組み合わせ、素材そのものの風味を引き出します。
ここでは、DLA ナチュラルズ「ギマラス」とカカオバリー「アルンガ」を使用。フルーティで明るい酸味のギマラスを軸にし、アルンガの深みとコクで味の輪郭を引き締めます。
水分量が多いため、強い攪拌をしないのがポイント。なめらかさの中にほどよく質感を残すことで、ギマラスの酸味がすっと立ち上がり、余韻にアルンガの豊かなカカオ感が続くバランスに仕上がります。
軽さとコクを両立する “クレーム・シャンティー・プラリネ”
アントルメに奥行きを与える役割を担う「クレーム・シャンティー・プラリネ」。濃厚なショコラパーツが続くなかで、ほっと抜ける軽さと香りをつくる重要な層です。
市原シェフが選んだのは、ゼラチンを使わず、溶かしバターでまとめる製法。「冷凍保存を前提にしない」コンクール仕様ならではのアプローチで、バターのコクでプラリネの香りを押し上げ、余韻を長く残す構成になっています。
脂肪分42%の生クリームを使い、純粉糖で安定性とキレのある甘さを調整。プラリネは生クリーム側に加え、溶かしバターは一気に入れて一気に混ぜることで、しっかりと乳化させながらも、舌の上にふわりとほどける質感に仕上げます。
シェフは、「シャンティショコラでは出せないおもしろさを」と語り、酸味・軽さ・コクのバランスを追求したこのクリームで、プラリネの豊かな香ばしさを立体的に表現していました。
香りを抱え、層をつなぐ“ビスキュイ・ジョコンド・ショコラ テ アールグレイ”
「ビスキュイ・ジョコンド・ショコラ テ アールグレイ」には、小麦粉でなく、米粉を使用。小麦粉に比べて“がしっ”と固まりすぎず、きめ細かく、アンビバージュが入りやすいのが特徴です。
市原シェフが強調したのは、焼き面の扱い。「焼き面を上にしたままアンビバージュを打ちます。そのほうが入りすぎず、ちょうどいい含み具合になる」
焼き面のままアンビバージュを打った後、パレットで表面をスッとならして余分を取り除く。スライスするより手間がかからず、断面がすっきり仕上がるとのこと。
さらに、ならした表面はクリームを重ねてもすべりにくいため、多層構成のアントルメにおいて層の安定感にもつながります。

また、アンビバージュを打った生地と打たない生地を食べ比べる試食も。
香りの立ち方や口当たり、しっとり感の違いがはっきりと分かり、「仕込みひとつで食感が変わる」ことを体感できる場となりました。
ここまで、冬のショコラを支える土台と、香り・酸味・軽さを織り込むパーツをご紹介しました。生地、クリーム、そして香りの“受け皿”となる層を積み重ねることで、作品の輪郭が見えてきます。
後編では、ムースやグラサージュなど仕上げ工程と、コンテストに挑む姿勢についてお届けします。

