2025/11/13

第59回大阪府菓子技術コンテスト事前講習会レポート【後編】

第59回大阪府洋菓子技術コンテストに向けた事前講習会が10月22日、大阪ガス ハグミュージアムで開催されました。前編では、冬のショコラの設計思想と、酸味や香り、食感の“土台”となるパーツをご紹介。

後編では、口どけと余韻を決めるムースやグラサージュ、そして市原シェフが語った“挑戦する理由”に迫ります。

前編の記事はこちら

香りを逃さない“即席真空 アンビバージュロイヤルミルクティ”


「紅茶のアンビバージュ」では、香りをしっかり引き出すための方法が紹介されました。

材料を耐熱ボウルに入れ、ラップを密着させて電子レンジへ。
加熱中にラップがふくらみ、蒸気とともに香りが閉じ込められます。
その後、ラップが落ち始めるタイミングで開けると、容器内が一気に“簡易真空”状態に。
揮発しやすい紅茶の香りを逃さず、ミルクティーの柔らかな風味をそのままアンビバージュに移すことができます。

市原シェフによると、これはコンテストの場でもアピールにつながる技法だそう。

ダイレクトに“チョコの味”を届ける”クレーム・ショコラ・レジェ”


「クレーム・ショコラ・レジェ」は、アントルメ全体の中で“最初にチョコレートを感じてもらう”ためのパーツ。
卵や生クリームを多用するとチョコの風味がぼやけ、重さが出てしまうため、牛乳と生クリームを合わせたシンプルな配合で仕上げます。

水分量が多い分、バーミックスは使わないのがポイント。乳化させず、チョコレート本来の酸味と香りを引き立たせます。

ここでも、DLA ナチュラルズのギマラスが使われます。華やかな酸味がダイレクトに感じられ、軽やかな口当たりも、軽さを生むための意図的な仕立てです。

温度と乳化が決め手”ムースショコラ”


クレーム・ショコラ・レジェとは異なり、バーミックスを使うのが「ムースショコラ」。
乳化の度合いが仕上がりの食感と溶け方を大きく左右するため、ここではしっかりと乳化させます。

卵黄と砂糖を合わせ、湯煎でとろみが付くまで加熱。いわゆるアングレーズに近い状態まで温度を入れ、やさしいコクを作ります。

次に、あらかじめ溶かしたチョコレートと合わせて乳化。このときの温度が42℃付近であることが重要です。
「50℃以上になると乳タンパクの変性が進み、口当たりが落ちる」と市原シェフ。
カカオバターの結晶をしっかり溶かしつつ、なめらかさを損なわないための温度帯です。

その後、泡立てた生クリームを合わせますが、ここにもポイントがあります。
いったん一部をチョコレート側に戻し、しっかりなじませてから全体に合わせることで、ダマにならず均一なテクスチャーに。見落としがちなひと手間が、美しい口溶けにつながります。

余韻を曇らせない“水でとめる”グラサージュ・ショコラ”


仕上げのグラサージュでは、一般的な“生クリームでとめる”手法ではなく、水でとめるアプローチが登場しました。
まずグラニュー糖をしっかりキャラメリゼし、そこへ湯煎で温めた水と茶葉のアールグレイを加えてキャラメルを落ち着かせます。

生クリームを使うと確かにコクやまろやかさは出ますが、同時に乳の風味がチョコレートや紅茶の香りを覆い、後味に重さが残ることも。
今回は素材の香りを澄ませ、アントルメ全体の軽やかさと“抜けの良い余韻”を守るため、水でとめる選択に。

温度とタイミングを見極めながら仕上げたグラサージュは、キレのあるツヤ感と、最後の一口まで香りが続く透明感のあるフィニッシュを生み出します。

コンテストだからこそ意識したい視点


講習の後半、市原シェフはコンテストならではの視点にも言及しました。
作品そのものの完成度だけでなく、“審査される場”を踏まえた戦略が重要だといいます。

審査員が作品を食べる順番は決まっておらず、冷蔵庫から出して時間が経った状態で試食される場合もあります。
また「一口、二口で印象が決まる」ため、味の立ち上がりと余韻の設計が求められます。

さらに、視覚。「見た目で興味を持たれないと、食べてもらうテーブルにすら乗らない」。
そのうえで、審査員の年齢層や嗜好を踏まえて味の方向性を調整するという、現場ならではの視点も共有されました。

“勝ち方”を知ることも技術のひとつ。
ただおいしいケーキをつくるだけではなく、見落としがちな視点に、参加者は深くうなずいていました。

味と理論がつながる体験


試食とともに、参加者から次々と感想が上がりました。

「理論と実践が結びついていて、とても腑に落ちました。普段、なんとなくやっていた工程が“こういう意味だったのか”と気づけました」や「香りの立たせ方や温度の考え方など、現場の視点が勉強になりました。すぐに仕事に活かせそうです」と言った声が聞かれました。

また、製菓学校の学生からは「正直むずかしい部分もありました。でも、学校では触れられない実践の知識が聞けて、すごく貴重な機会でした」と笑顔で語る場面も。

経験値の異なるプロと学生が同じ視点で学び、「学びの多い内容だった」と口をそろえる、濃密な講習となりました。

市原シェフが伝えた“挑戦する理由”


最後に、市原シェフは参加者に向けて、コンクールに挑む意味を語りました。

「コンクールの目的は“勝つこと”だけではありません。もちろん勝ちを目指すのは大切です。でも同じくらい、コンテストに挑戦する過程も大切。新しい素材に出会い、技術を磨き、仲間とつながる経験にも大きな価値があります。正直、コンテストはしんどいところもありますが、時間や材料をかけた分、必ず自分の力になって返ってくるんです。」

続けて、挑戦の先にある“気づき”についても触れました。
「知らないままでは選べない。コンテストに出れば、たくさんのことを知る機会があります。知れば選択肢が生まれる。選べるようになったら、お菓子づくりはもっと楽しくなります。」

さらに、市原シェフは“ひとりで戦うわけではない”と語ります。
「コンテストは実はチーム戦。応援してくれる人、支えてくれる仲間があってこそ最後まで走りきれる。ひとりでは勝てません。周りに恵まれていると実感できることも、挑戦したからこそ得られる気づきです。」

最後に、未来のパティシエへ向けたエール。
「いろんなことを知れば、選択肢は広がります。コンテストに出場できる機会があればぜひ積極的に挑戦してください。学び、悩み、前に進む過程そのものが、必ず皆さんの財産になります。」

周囲とともに学び、挑戦するからこそ見える景色がある。
市原シェフの言葉と今回の講習会は、技術だけでなく、未来のパティシエに必要な“視点”と“姿勢”を示していました。

講習会での気づきや学びを胸に、本選ではどんなアントルメが登場するのか。
当日が楽しみです。

12月上旬ごろに、大阪府洋菓子技術コンテストの本選・授賞式の様子をお届けします。

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