2025/11/26

【この人に聞く】レトロイノベーションを続けて
ジャンルイ・ブヴィエさん

ルサッフル社
ベーキングセンターテクニカルベーカリーアドバイザー
ジャンルイ・ブヴィエさん

▼Profile
1968年フランス・ペイ・ド・ラ・ロワール生まれ。
1994年ルサッフル社に入社後、2004年から20年にわたり日本を担当する。

 

日本のパン職人に、長年にわたりサフブランド製品の使い方や技術を指導したジャンルイ=ブヴィエさんにプロフィールやパン職人としてのキャリアを聞いた。

パンに興味をもった学生時代


– ジャンルイさんのプロフィールやパン職人になったいきさつを教えて下さい。
私はフランス北西部、ノルマンディやブルターニュにも近い、ペイ・ド・ラ・ロワール地域のマイエンヌという街に住んでいました。自然豊かで、酪農が盛んな地域です。
兄1人、妹1人の3人きょうだい。実家は農家ですが、兄も農家にはならず、現在誰も実家を継いでいません。父は私にも農家になってほしかったようですが、私はパン職人を選びました。
パン職人を目指したきっかけは、12歳の時に学校の授業でパン屋さんを訪問したこと。そのパン屋のオーナーさんが、パン屋の仕事についてていねいに説明してくれたことで関心がありました。15~16歳の時に将来の進路を考える時期に、パン職人への道を選びました。
16歳から2年間、製パン学校に通いながら、地元のパン屋でアプレンティス(見習い)として働きました。週2日は学校で学び、残りはパン屋で実践を積む生活。見習い期間後は、さらに2年そのパン屋でパン職人として働きました。

– 軍隊に入隊していた時期もあったそうですね。
1984年見習いを終えた後、海兵となりパン職人として働きました。軍艦では毎日パンを焼き、時に10㎏のクロワッサンを作っていました。シーターがなかったので、すべて手で生地を伸ばして作っていました。
パン製造の資格試験(CAP)の結果を基準に、フランス最高の見習い職人として選出され、1986年にフランスの「ベスト・アプレンティス・オブ・フランス」の10人のうちの1人に選ばれました。地区予選で53人のうち2人に絞られて本選出場、フランスの10人に選ばれました。
MOFは4年に1度の選考ですが優秀見習いコンテストは毎年あります。選ばれた人は翌年大統領にガレット・デ・ロワを献上します。18歳の時でした。
パン屋のオーナーさんもとても誇りに思ってくれました。私自身は選ばれるとは思っていませんでしたが彼のサポートが大きかったですね。これは人生で経験した最初で最後のコンテストです。その後INBP(フランス国立製パン製菓学校)に入学しました。

▲海軍で懸命に働く充実した毎日

▲「ベスト・アプレンティス・オブ・フランス」に選ばれて満面の笑み

– ルサッフル社に入社したきっかけはなんですか。
その後短期間でいくつかのパン屋を経験して、1994年9月にルサッフル社に入社しました。10個目の就職先でした。きっかけは、シャモニーのパン屋さんで働いていた時のオーナーがルサッフル社の元技術者で、紹介してもらいました。当時学校の教師もしていたのですが、給料は低く休みも多かったので転職することにしました。ルサッフル社での仕事は、はじめは数ある仕事や経験の1つだと思っていましたが、30年近く続けることになるとは当時想像もしていませんでした。
ルサッフル社は私が入社した当初は、フランス国内で5人の技術者だけでしたが、翌年メキシコのベーキングセンターを開設。今では世界中に50以上のベーキングセンターと350人以上の技術者がいます。
入社以降現在まで、ずっと製パン技術の分野で働き、世界中のベーカリーやルサッフル社のベーキングセンターでイーストや改良剤の使い方を指導してきました。様々な国で異なる考え方、異なる機械、異なる材料のもとで、私自身もパンの作り方を学び、成長できました。
はじめは、世界各国のパン職人さんにイーストの使い方から教えることに戸惑いました。というのも、イーストの使い方なんてあまりにも普通すぎることだったからです。

▲パンで祝ってもらったユニークな結婚式

世界60カ国で技術指導


– この仕事で、何カ国くらい行ったのですか。
60カ国以上を訪れました。海外で指導した初めての国はポーランド。デモンストレーションのデビューはモロッコです。当時の上司ジャンジャックさんは現在82歳。今も密に連絡を取り合っています。
サウジアラビア、コートジボワール、モーリタニア、イスラエル…コロナ禍前は、1年に100~130日ほど海外で過ごしていました。滞在は大抵1~2週間。ビザの申請が重なった時期に、パスポートを2枚持っていたこともあります。ロシアは様々な地域を巡りましたね。ソビエト時代に1日100tの小麦粉を使う、巨大なパン工場に入りました。現在は他国籍の入国が制限されているイエメンでは、パン屋のスタッフたちと食事をシェアしたりと、いい思い出ばかりです。
日本には2004年から技術支援で訪れ、今回の来日で78回目。日本が大好きで、私の自宅には、日本風にコーディネートしたお気に入りのコーナーを作りました。これまで集めてきた日本のグッズを並べた日本コーナーがある素敵なスペースです。

▲ポーランドにて。緊張の面持ちで参加

日本の高い開発力を賞賛


– 日本のパンの印象はどんな感じですか。
当時から品質がとてもよかったです。高いクオリティが印象的でした。日本の担当になりましたが、何をアドバイスしようか悩みました。そこで、安定した製品を作る技術を、さらに高めるためにという視点で指導してきました。
たとえば保存料フリーのクリーンラベル製品やセミドライのイーストなどの紹介など、日本の市場ニーズに合わせて提案しました。
以前、焼成冷凍用の商品として改良剤のパンミニッツを紹介しました。私はバゲットとかハード系のパンにしか使うことを想定していなかったのですが、次回の来日でさらに変わっていて驚きました。ひとつアイデアを与えると、日仏さんはそれに縛られることなく、さらに深く幅を広げてくれるところです。1つしかやらない国もあるのですが…。そうした意見交換できたことは本当によかったと思います。
一番印象に残っているのは、活性をもった粉末のルヴァン、フレキシ ルヴァンの製品化です。これは、日本のリクエストで開発された商品です。フランスのルヴァンを日本でも使いやすくするために開発されました。はじめはハード系の商品向けでしたが、高糖用イーストなしのレシピを開発してくれました。
フレキシ ルヴァンは、長時間発酵、ディレクト、イースト併用、スターター、中種など汎用性が高い。自分が開発した一番誇らしい製品です。去年発売されたばかりで、日本で成長を見届けることなく日本を離れることは残念、セラヴィ、ですね。

▲必死に伝えようとする姿が印象的な講習会

日本の技術の他国への影響


– ジャンルイさんの仕事はヨーロッパや日本のトレンドを世界に伝える仕事でもあるのですね。
ヨーロッパでは食パンに似た、ワンローフで砂糖を使わないが甘みを感じられる改良剤があり、それがトレンドになっています。ヨーロッパのパンはニュートリスコア(栄養評価)を明記する必要があります。その指標が購入の決め手になっています。
たとえば韓国のパン作りにも日本の影響がみられます。私はチルド(冷蔵生地)を使ったミニブレッドを韓国で紹介しました。これは日本の技術にヒントを得たものです。このようなアイデアは他の国でも共有され、広がっています。
日本の菓子パンや食パンは独特です。フランスやヨーロッパでは、甘いパンは宗教的な行事や家族の集まりで食べられることが多いですが、日本の菓子パンはもっと日常的で多様ですから。
食パンは砂糖を使わずに甘みを感じさせる技術があり、これはニュートリスコアの高いパンを作るのに役立っています。
日本の食パンは、やわらかさとその鮮度は世界でもトップクラスだと思います。スーパーで売られている食パンでも、世界では改良剤を多用して2~3週間持たせますが、日本は新鮮さを重視しているのでとても驚きます。日本の食パンは本当に素晴らしいです。
フランスやイギリスでも、このようなやわらかさと食感の食パンは見られません。日本のパン文化は、品質を保ちつつ進化し続けていると思います。

レトロイノベーションがカギに


– 日本では、パン職人の数が年々減っています。今後どのような道をたどるべきでしょうか。
韓国では新しいレシピや食感が続々と生まれていますが、日本のパン業界は高品質を維持していて、大きな変化は少ないように思います。今後は効率化と伝統のバランスを取ることが重要です。例えば、夜間に生地を準備して朝に焼くオーバーナイト製法や、冷凍生地を活用することで、労働時間を減らしつつ新鮮なパンを提供できます。
また、プレミックス粉やクリーンラベルの改良剤を使うことで、伝統的な味わいを保ちながら効率的にパンを作れます。朝10時に焼いたクロワッサンが午後にはサクサク感を失ってしまうとしたら、1日に複数回焼くべきです。それが今の時代に求められているのではないでしょうか。
レトロイノベーション(伝統と革新の融合)がカギだと思います。クリーンな材料を使い、効率的なプロセスを取り入れることで、職人の負担を減らしつつ高品質なパンを作れます。
例えば、韓国では週に1回だけクロワッサンの生地を作り、クリーンラベルの改良剤を使って冷凍生地でとても美味しいパンを作っていました。フランスでも、パン屋さんがどんどん閉店しているのが現状。70%のお店では、クロワッサンを1から作っているわけではなく、冷凍生地等で工業化されているクロワッサン生地を仕入れて店舗で焼くなどしています。

▲パン技研の講習会場が満席となった最後の実技講習会

– ジャンルイさんの今後の活動と、日本の職人さんへメッセージをお願いします。
今後は中東やアフリカでの活動に注力していきます。11月にはドバイで、日本の食パンを作るプロジェクトに参加します。先日はエジプトで日本の技術を使ったパン作りを進めました。
日本の技術やアイデアを共有することは、私の仕事の大きな喜びです。今後も機会があれば、日本や韓国に戻ってきたいと思います。
私が大切にしているのは、パン作りの技術を共有し、世界中のパン職人と交流する気持ちです。この仕事を通じて指導する、イーストやルヴァンの使い方を教えるだけでなく、自分も新しいパンの作り方を今もなお学び続けています。
日本のパン職人さんは、品質へのこだわりと技術力が素晴らしいです。これからもその情熱を大切に、新しいアイデアを取り入れつつ、伝統を守ってください。私もまた日本に戻って、皆さんと一緒にパン作りを楽しみたいですね。

▼出典元
B&C 11月号(株式会社パンニュース社)
B&Cは、パンニュースの姉妹紙として昭和53年に創刊されたパン・菓子の専門誌 (B5判)です。
多彩な企画内容で、国内外のパン・菓子に関係する最新の情報を幅広く提供し、業界にとって必要不可欠な情報発信源として活用されています。
公式サイト:http://www.pannews.co.jp/bc/
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※この記事は株式会社パンニュース社様より許諾を得て紙面の内容を転載しております。
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