2019.08.9

日仏商事を卒業して開業されたあの人にインタビュー「ベッカライ トーン ガルテン」(前編)

「そろそろ独立を考えたい・・」と思っていても、何から始めたらいいか分からない、今後の収入や独立に対する不安が大きいなど、最初の一歩が踏み出せない方が多いのではないでしょうか?
現在、そのような悩みを抱えている方必見!
皆さんが不安に思っている独立開業のお話について今回は日仏商事を卒業したあの人に根ほり葉ほり伺いました!

 

今回お話を伺った「あの人」とは・・?


ベッカライ トーン ガルテン オーナー
中川 貴之(なかがわ たかゆき)氏

神奈川県出身。
高校卒業後、都内の製パン学校に入学。
卒業後は、YOU松月、エスプラン洋菓子店、パルファン キムラヤ(現在閉店)、ラ・フーガス、ベッカライ・ブロートハイム、ユーハイムにて経験を積み、2005年に日仏商事に入社。入社後は研究開発課に所属し、講習会にてパンの技術指導や商品提案などを務めたが、独立開業の夢を叶えるべく2012年に退社。同年に「ベッカライ トーン ガルテン」を開業し今に至る。

 

うどんかパンで悩んだ結果、パン職人の道へ


-パン職人になろうと思ったきっかけを教えてください。
高校生の時、学校に専門学校100校ほどが集まって説明会が行われました。私自身、中学で高校受験した時に「もう受験勉強をしたくない。どうせやるなら自分のためになる勉強をしたい」と考えていたため、専門学校に進学しようと決めていました。
当時はうどんとパンが好きで、どちらかの職人になろうと考えていましたが、ちょうどその説明会の時に製菓学校の話を聞いたのがきっかけで「パンっていいな」と思いパンの道に進むことを決意しました。

-修行時代について教えてください。
1年制のパンの専門学校を卒業してからは、今まで複数のパン屋さんで修行をしてきました。
地元の友人は大学に進学していて、パン屋さんにいきなり就職して修行している人が周りにいなかったこともあり、「地元の友達に絶対美味しいパンを食べさせてやる!」という気持ちを持って働いていました。
あるとき、当時の勤務先のオーナーに勧められ全国の有名なパン職人たちが集まる勉強会に参加しました。
そこで初めてブロートハイムの明石さんに出会いました。
非常にパンに対する考えがとても真摯で、私のような無名のパン職人にも1人の人間として対応してくださる姿に魅了されて「必ずブロートハイムで修行する」と心に決め、当時の修行先を辞めて明石さんに連絡しました。しかし、人気店のため「人がいっぱいだからすぐには働かせてあげられない」と断られました。
当時は修業するにも順番待ちができるほど、ブロートハイムで働きたいと思っている人が多くいました。
私も何としてでも働きたかったので、勢いでブロートハイムの近くに引っ越しをし、毎日通い詰める日々が半年間続きました。
その甲斐あってか、明石さんより承諾のご連絡をいただき、念願のブロートハイムでの修業が始まりました。
パン屋さんを転々として修行していた理由としては、自分のパンに対する想いが固執しないように、スキルアップの為に修行先を変えて納得できるパン作りのイメージに近づけていきました。

▲様々なお店で修行された中川さんこだわりのパン

講習会の参加をきっかけにパン職人からサラリーマンへ転身


‐日仏商事に入社したきっかけを教えてください。
修行当時は、パンの勉強に行くと言ったら日仏商事に集まって勉強するというのが業界のスタンダードでした。
日本にパン文化を広めていこうと業界全体が盛り上がっていましたが、当時は今のように情報も技術も手に入れやすい時代ではなかったこともあり、職人たちは間口が広い日仏商事に集まって情報交換や共有をしていました。
それで、修行時代の同僚に誘われて参加した講習会で当時日仏商事で働いていた方と出会い「中川君、日仏来ない?ちょうど人探してて」と声をかけられました。
それがきっかけで日仏商事に入社しました。

-今までパンの道を歩んできて、急に一般企業のサラリーマンになることに抵抗はありませんでしたか?
私の父親がサラリーマンだったため、正直サラリーマンの道に進むのは嫌でした。
しかし、ブロートハイムで修行するというのが私の一番の目標で最高峰だったため、その次に修行したい働きたいと思うパン屋さんが正直見つからず、ちょうど迷っていた時でもありました。
日仏商事であればパンを作ることもでき、パンについて勉強もできるので「こういう人生もありかな」と思い入社を決めました。

-日仏商事に入社して良かったことはありましたか?
今まで働いていたパン屋さんでは、社長、副社長の奥さん、職人しかいない職場だったのでいいパンを作ることしか考えていなかったですが、会社というのは経理、総務など様々な部署があり成り立っているのというのが分かりました。
また、日仏商事に入社して様々な人生を歩んでいる人がたくさんいることを知りました。
パン屋さんに入社する人は分かりやすくて、だいたい専門学校に入ってパン屋に就職したか、実家がパン屋さんで修行に来ているなど基本的には「パン」という共通点があり集まってくるので、様々な人生を歩んでいる人を知ることができたのも勉強になりました。

 

漠然と感じていた「独立」という道を現実に


-独立を意識したのはいつ頃ですか?
パン職人を目指した時から漠然と自分のお店を持ちたいと考えていましたが、完璧に独立の意志が固まったのは日仏商事に入社して5年目の時でした。
私の性格的に日仏商事での仕事(パン屋さんへの商品提案など)がとても楽しく、お客様に喜んでもらえるのがとても嬉しくて、自分の性格に合うこの仕事が大好きだったのもあり、「このまま続けてもいいかな」とたくさん悩みました。しかし、日仏商事の社員として多くのパン屋さんに行かせていただく中で、パン屋として独立する事への憧れが強くなっていきました。
親に専門学校まで行かせてもらってパン職人の道を歩んできたので、独立したいという思いに後悔したくないと、独立することを決意しました。

-独立開業する前のお店のコンセプトや理想などあれば教えてください。
『地域に密着したお店作りをしたい』ということは心に決めていました。
それは、ブロートハイムでの修行時代で経験したことから影響を受けています。
ブロートハイムで働いているとき、パンを作るときに余る生地を焼いて子供たちに無償で渡していました。
それもあってか、よく裏口に子供たちが遊びに来ていているのを見て「こういうお店いいな」と思いました。
今も『地域密着は、どういうことか』を意識してお店作りをするようにしています。

開業する前のコンセプトとして、『昔の日本家屋の縁側におばあちゃんたちが集まっていてお茶しているという風景』というのをイメージしていたので、町の憩いの場になれるような場所を作りたいと思っています。

前編では、中川オーナーの修行時代から独立開業を決意するまでのお話についてご紹介しました。
後編では、皆さまが気になる開業に関する質問についてお答えいただきます。

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