朝7時に40種のパンが並ぶベーカリー。 その秘密はオーバーナイト製法と、あるパン酵母への切り替えにあった
皆さん、こんにちは。
製パンの現場だけでなく、今や家庭でパンを作る愛好家の間でも「しっとり美味しいパンができる」と話題になっている「オーバーナイト製法」。
前日に生地を仕込み、一晩ゆっくり低温発酵させて翌日に分割や成形をしてパンを作る製法です。
別日に作業ができることから時短になり、効率や働き方を考え、オーバーナイト製法を取り入れる店舗も少しずつ増えているようです。
しかし、長年馴染んできた製法を変えることは一大決心。勇気が必要です。
特にパン酵母の切り替えは、
「お客様に親しまれているパンの味が変わってしまうのでは?」
「今まで通りの風味や食感を保つことが難しいのでは?」
と、躊躇されるオーナーさんもいらっしゃるようです。
今回は、オーバーナイト製法に切り替え、この製法に適したルサッフル社のパン酵母「リロンデル1895」をメインに使っているという小規模ベーカリーを訪ね、お話を伺いました。
リロンデル1895ってどんなパン酵母?
リロンデル1895は、ベーカリーの労働時間・環境の変化に伴い、長時間発酵でパンを作る職人の要望により開発された画期的な新しい発想のセミドライタイプのパン酵母です。
ゆっくり発酵することで長時間発酵や冷蔵発酵で熟成の風味と旨味を造り出すことが出来ます。
長時間発酵などで発酵しすぎることなく、安定した発酵を持続し、より長い発酵と熟成が可能となります。
また、セミドライタイプですので冷凍生地にもご使用いただけます。
ハード系はもちろんヴィエノワズリーにも幅広く使用できます。
地元民に愛されるベーカリー「ブーランジェリー スリール」さんにお聞きしました
ブーランジェリー スリール
オーナーシェフ 田村 雅人 氏
▼店舗概要
大阪府北摂エリアにある豊中市は、大阪のベッドタウンとして、交通の便も良く、暮らしやすい街として知られています。
そんな住宅地の通り沿いにあるこじんまりしたベーカリー。
開店して10年、お客様は小さいお子さんから90代の高齢の方まで幅広く、ほとんどがご近所の方という地域密着のお店です。
店内には、朝7時の開店と同時に約40種類のパンが並び、売り切れたら閉店、というスタイル。
早い時は昼に品切れになることも。
製造はオーナーシェフの田村さん1人で、奥様がサンドイッチなど調理パンを作って仕上げています。
販売もご夫婦で切り盛りしています。
―まずは、こちらにお店を開いた経緯やコンセプトを教えてください。
以前は(隣町の)吹田市のベーカリーで働いており、仕事が終わって帰宅していた際にこの空き店舗を見つけたんです。
「ここで自分の店ができたらええなあ」と思っていました。
今はこの場所でお店(マンション1階の店舗物件)を始めて10年が経ち、この上のマンションにも引っ越してきました。
開店当初は、地元の方にバゲットを中心とした毎日の食事パンを届けたいと思っていました。
でも、実際に商売を始めてお客さんと接するうちに、品揃えはどんどん変わっていきました。
例えば、お子さんが親と一緒に店に来た時に、欲しいパンがない…なんてこともありました。
それでソフト系のパンや菓子パンも増やしました。
お客さんに合わせてラインナップも変えてきた、という感じです。
基本にしていることは、『僕はパンで商いをしている、だから商品で裏切らないこと』を何より大切にしています。
多少原価がかかっても納得できるものを届けたい。
必要以上に凝りすぎず、シンプルできちんと美味しいパンを作りたい。
それは変わらずに、やってきました。
パン酵母を切り替えた意外な理由とは!?地域密着型のベーカリーならではのある事がきっかけに
-スリールさんで人気のバゲットやクロワッサンですが、最近そのパンの製造をオーバーナイト製法に切り替えたとの事ですが、そのきっかけは何ですか
製法のお話をする前に、うちで人気のあるバゲットについて少し話をさせて下さい。
以前、たまたま来店したワイン農家のフランス人の方が当店のバゲットを食べてこう言ってくれました。
「ちょうどいい美味しさ!パリでもこんなバゲットはそう見つからない」
パリには行ったことないけど(笑)嬉しいですよね。
フランス人にも評判が良かった自信作のバゲット、そしてその他の人気商品ともなればそれだけ製造数も増やさないとすぐに品切れになってしまいます。
製造数を増やしつつも、効率よく作業ができないかと考えた末、オーバーナイト製法を取り入れる事にしました。
実は、単に製造数を増やしたかったからだけでなく、夜中に製造をしている際にミキサー音がうるさいと、上のマンションの方から苦情が出るようになったのもきっかけの一つでした。
その頃は、毎日夜中の3時半くらいにミキサーを回して、その日販売するパンを製造していました。
それから夜にミキサーが使えなくなり、もっと効率の良い製造方法を探していたんです。
そんな時にたまたま問屋さんからオーバーナイト製法に適したパン酵母を紹介いただき、その時に初めてリロンデル1895を知りました。
さっそく使ってみたら、冷蔵庫の設定温度で生地の発酵がちょうどいいところで止まってくれるんです。
これは理想的だと感じました。
ちょうどリロンデル1895を使用したバゲットとクロワッサンがあるので、食べてみてください。
-必要に迫られてパン酵母を切り替えられたとのことですが、パン酵母を切り替えるのに不安や抵抗はなかったですか
不安はなかったですね。
使ってみてよかったので、抵抗なく一気に替えました。
妻にも相談せず、いきなり替えました(笑)
1人でパンを製造する場合、発酵時間にシビアな生地だと作業に追われてしまうので、ちょっとした余裕が欲しかったんです。
リロンデル1895は、うっかり発酵し過ぎて……といった心配もなく、思った通りにきちっと安定して均一に仕上がる。
それがとても助かりますね。
化学的なことはわからないですけど、初めてリロンデル1895を使って生地を捏ねた時の感覚で、これなら使えると思いました。
だいたい捏ねた時の感じでわかるんです。理論的なことは、問屋さんが説明してくれたことを信じています。
今では、サフのセミドライイーストゴールドを使う菓子パン以外、全体の8割くらいの商品にリロンデル1895を使っています。
食パンは、リロンデル1895だけだと理想の発酵状態に近づけられなかったので、サフのセミドライイーストレッドを混ぜて調整しています。
バゲットは大人しく発酵してくれて、ちょうどいい感じですね。
こんな感じで自分の好みの発酵状態に合わせて、リロンデル1895以外のパン酵母も併用しながら活用しています。
パン酵母を切り替えた後は、お客さんの慣れ親しんだ味が変わらないように、それを感じさせないように製造方法もアップデートする努力は日々惜しんでいません。
-作業効率の面ではいかがですか
劇的に変わりましたね。
以前は3時半くらいに店に来て、すぐ作業に取り掛かり、当日仕込んだ生地を焼き上げてパンを販売していましたが、開店時間に間に合わず営業時間中も作業をしていたので、それはそれは大変でした。
今までは、冷蔵生地を分割して復温することは考えられなかったけど、、リロンデル1895ではそれができますからね。
自分の作業の都合に合わせて作れる、というのが助かりますね。
今は、前日に仕込んだ生地を順番に成形して焼くだけでいいので、朝は成形と焼成に集中できます。
夫婦だけでやっているから、けっこう忙しいですけど、開店時間の7時には全部商品を並べられます。
朝7時に朝ごはんを買いに来るお客さんのために商品を揃えておきたいですからね。
朝の製造分と開店準備が終われば、翌日の準備に取り掛かれるので効率のいい作業が可能になりました。
揚げ物とかお惣菜のパンは、妻が接客の合間をみて仕上げてくれています。
平日はそれを売りきったら閉店。
土日は、もう少し種類を増やすので、9時10時くらいまでパンを焼いています。
-今後の展望や目標をお聞かせください。
効率よく働いて、半分は仕事、半分は自分たちのために時間を使いながら、ゆるく続けてきたいと思っています。
今も製造は忙しいけど、それでも昼からは店番しながらコーヒー飲んだりSNSしたり、ゆったり仕事ができるようになって、顔見知りのお客さんともいろんな話をします。
余裕があると、自分たちにとってもいいし、お客さんにとってもいいし、それで少しでも地域の役に立てたら嬉しいですね。
あとは健康管理ですね。
今年42歳なんで。個人トレーナーについてずっとトレーニングやってます。
取材後記
この後も、田村さんのトークは続き、SNSのこと、それについてコメントしたらプチ炎上したこと、仕入れに行く市場で出会う旬の果物のこと、接客でのエピソード、パンの講習会で出会った著名な職人さん、若いパン職人の労働環境……と、話は多岐に及びました。
笑い話あり、深い話あり、職人ならではの視点とパン作りにかける情熱が感じられ、とても楽しく有意義な時間でした。
お忙しいところ、ありがとうございました!
取材協力
住所:大阪府豊中市北条町1-36-1 ハイトブルースカイ1F(GoogleMapで見る)
営業時間:7:00〜18:00(売り切れ次第終了)
定休日:火曜日(木曜日は食パンのみ販売)
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