2024/06/26

オールノワールは差別化への武器。ニコ ショコラトリー 矢ヶ部シェフが探求するオーセンティックなチョコレートの世界

オーダーメイドチョコレート カカオバリーオールノワール

「いつでもチョコレートのことばかり考えてます」って言いたいけど、本音はそこまでは考えてないですね。

そう言って笑うのは、2015年にパティスリーからショコラトリーへと転身し、福岡のチョコレート業界をけん引する「NICO chocolaterie(ニコ ショコラトリー)」の矢ヶ部直樹シェフ。東京や大阪から遠く離れた地で独自の商業文化を育んできた福岡には、東京進出を果たした「パンストック」や「アマムダコタン」といった大人気ベーカリーや日本で「ダックワーズ」を生み出したパティスリー「16区」など、さまざまな食の名店があります。ニコ ショコラトリーも福岡が誇る名店のひとつ。

日々チョコレートと真摯に向き合い、理想の味を求めて探求し続ける矢ヶ部シェフに、チョコレートの魅力、そして、カカオバリーの提供するチョコレートのオーダーメイドサービス「OrNoir(オールノワール)™」の制作についてお話をうかがいました。

ショコラティエとしての原体験


ニコ ショコラトリ矢ヶ部シェフ

▲ニコ ショコラトリーの矢ヶ部シェフ

「僕は22歳のときにパティシエとしてフランスに渡ったんですけど、最初の修行先が南仏にあるMOFのパティスリーでした。そこはヴィエノワズリーも作っているお店で、朝3時か4時頃からパンを仕込んで焼いて、そのあとお店に出すケーキを仕上げて、次の日の仕込みをして、お昼頃に仕事が終わるんですけど、そのときに余ったケーキを食べさせてくれるんです。
お店には気持ちのいい中庭があって、いつもそこで食べてたんですけど、その時に食べたムース・オ・ショコラがそれは美味しくて。仕事で疲れていて身体が甘いものを欲していたせいもあるかもしれないけど、『チョコレートってこんなに美味しいものなのか』と衝撃を受けましたね。
日本に戻ってケーキ屋さんを始めてからもチョコレートを使うことが非常に多くて、お客さんから『ここはチョコレートケーキばかりだね』ってよく言われてましたね(笑)
2015年にそれまで10年やっていたパティスリーから、チョコレートに特化したショコラトリーとして再出発したんですけど、チョコレートって、やってみると楽しくて楽しくて」

チョコレートは1℃の差が影響するシビアな世界。だからこそ面白い


パティスリーからチョコレート専門店へ大きく舵を切った矢ヶ部シェフ。その理由と、チョコレートの一番の魅力とは何なのでしょうか?

「まず現実的に、日持ちのしないケーキに比べてロスが少ないというのが正直なところなんですけど、チョコレートを作るうえでの魅力は、“シンプルであるがゆえに奥が深いこと”でしょうか。
例えば、このケーキ(ロデッセイ)を見てください。下にクッキーとジョコンドっていうスポンジがあって、コーヒーのクレムーとガナッシュのセンター。周りはチョコレートのムース、全体にチョコのグラサージュがかかっています」

ニコショコラトリーのチョコレート菓子

▲お店で提供しているスペシャルケーキ「ロデッセイ」

「いろいろな層があって楽しいんですけど、これを作るにはスポンジを200℃で焼いたり、80℃まで炊いたクレムーをマイナス40℃まで冷やし固めたりと、上から下まで相当の温度の幅があります。それに対してチョコレートはだいたい20℃から34℃、その温度差の間でちゃんと調整をしなきゃいけない。すごくシビアで、そこがいいなと思います。人間だったら体温が1℃上がるだけで体調がまったく違ってくるじゃないですか。チョコレートもそう。1℃違うだけで変わってくるから、すごく気を使うし楽しい。工程も、チョコレートは基本的に溶かして固めるだけ。きわめてシンプルなだけに、そのぶんこちらの仕事が試される。そういうところが好きですね」

ニコショコラトリーのボンボンショコラ

▲ショーケースに並ぶボンボンショコラ

「また、見た目もシンプルであまり着飾らない。ピカピカしたのもありますけど、表面にすじをつけるだけだったり、ワンポイントで印をつけるだけだったりね。
それってどこか和菓子に似たところがあると思う。上生菓子の真っ白なやつにちょっと背を切って、朱い点をおいて「鶴」とか。シンプルなのが美しい。
転写シートやピストレを使った派手なのもいいんですけど、僕が思うチョコレートの本来の美しさは素肌のままの、マットで素直な質感。見た目は地味だけど、そのぶん中身のほうで驚いてほしいですね。まあ、ボンボンショコラは贈答用に買われるお客様が多いので、地味なのはなかなか売れないんですけどね(笑)」


―ニコ ショコラトリーのボンボンショコラには個性的な商品が多くて興味を引かれます。

「例えば『ティムット』は、もともと胡椒を使ったボンボンショコラを作っていて、いろいろ試したけどどうしても口の中にピリッとしたのが残っちゃう。もっと他の素材はないかなと考えていたときにティムットペッパーを食べる機会があったんです。これはネパール原産の胡椒なんだけど、山椒に似ていて、グレープフルーツみたいな香りがある。合わせてみたらさわやかな余韻のあるショコラになりましたね。

羊羹(ようかん)のボンボンショコラは、フランスのお菓子でパート・ド・フリュイ*ってあるじゃないですか。なんか羊羹って小豆のパート・ド・フリュイみたいだなと思って。それをそのままチョコレートでくるんでみたら美味しいんじゃないかと思ってやってみたら、やっぱり美味しかった。

※パート・ド・フリュイ:果物のピューレに砂糖を加えて煮詰め、ペクチンで固めたフランスの砂糖菓子

ニコショコラトリーのボンボンショコラ

▲ガナッシュと手練りようかんが2層になったボンボンショコラ「ようかん(白・黒)」

チョコレートの袋を開ける瞬間がいちばんワクワクする


メーカーから新しいチョコレートがでたらすぐ試してみるという矢ヶ部シェフ。チョコレートを選定するときはどういう点を基準にしているのでしょうか。

「大切にしているのはファーストインプレッション。それはなにかというと、1キロとか3キロの袋が届いて、開けた瞬間にやってくる香りです。この瞬間にそのチョコレートに対するイメージが湧いてくるので、その感覚を大切にしています。『ちょっと癖のある香りは南国の黄色いフルーツに似ているな』とか『これならあのスパイスと合わせようかな』とか、袋を開けた時に感じた香りや印象が、これまで食べてきた素材の記憶と結びつく感じです。普段はチョコレートのことを考えるでもなく、普通に食べたり楽しくお酒を飲んでたりしますけど、何気なく口にしているものでも、無意識のうちに頭のなかにストックされているんでしょうね。

ニコショコラトリー矢ヶ部シェフ

▲チョコレートの袋を開ける瞬間がいちばんワクワクするという矢ヶ部シェフ

あとは、食べた後に余韻が残るものがいいかな。個性的なものが好きですね。じゃじゃ馬ならしというか、個性的なチョコレートをどうやってほかの素材と合わせて成立させるかの挑戦がしたい。ブレンドの無難なチョコレートだとワクワクしない。チョコレートを作っていてやっぱりワクワクしたいですね。

あと、これは僕の中だけのイメージなんだけど、チョコレートを擬人化しますね。例えば、ベネズエラのチョコレートを食べた時には『なんだかアメリカのレスラーみたいなだな』とか、ほかのチョコだと『フローラルで優しい女性の感じだな』とか。女性らしいチョコだったらバラの香りを足してみたり、男っぽかったらパンチのある、コーヒーのビター感をプラスするとか、そういう合わせ方しますね。
あ、でも今の時代、女性らしい、男らしいなんて言うと怒られちゃうかな。内緒ですよ(笑)」

 

差別化を可能にする「オールノワール」のオリジナルチョコレート


オーダーメイドチョコレート カカオバリーオールノワール

▲自分だけのオリジナルチョコレートが作れるカカオバリーの「オールノワール」

さまざまな素材とチョコレートの組み合わせを個性豊かなボンボンショコラに昇華していく矢ヶ部シェフ。さらなるオリジナリティを求めてボンボンのコーティングチョコレートとして選んだのが、カカオバリーのオールノワールでした。

―オールノワールを知ったとき、どういうところに興味を引かれましたか?

「オールノワールの存在を知ったのは、ちょうどお店をパティスリーからショコラトリーにしたばかりの頃でした。まだあまり売れていなかった時期で、(発注ロットの)500キロを使いきれるか不安だったのでその時はお断りしたんですけど、オリジナルチョコを作りたい想いはもちろんありました。
だって僕みたいな、どこの誰だか分からないような職人が普通にチョコレートを作ってもそんなにウリがないじゃないですか。だけどオールノワールのような『私が作ったここだけのチョコレートです』と言えるオリジナルの商品が作れれば、ほかのお店と差別化をするうえでもすごく大きいと思ったんです。

お店が3年目ぐらいになってくると、ひとつのコーティングチョコレートを1年で500キロぐらい使ってるのが分かったので『よし、これで自分のオリジナルチョコを作れるぞ』と思って挑戦したのが、最初のオールノワールチョコレート『ロデッセイ』でした」

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口に残る最後の余韻を「オールノワール」で


ニコ ショコラトリーのオリジナルチョコレート

▲ニコ ショコラトリーのオリジナルチョコレート「ロデッセイ」

―事前に「こういうチョコレートを創りたい」というイメージはありましたか?

「はじめ、ふたつのアイデアのうちどちらにすべきかで葛藤がありました。あまり他の味を邪魔しないチョコレートにするのか、それともちょっと変わった味にするのか。
ボンボンショコラを口に入れてパリッと割って、咀嚼して、最後に口に残るのはコーティングのチョコレートです。センターのガナッシュは口の中で早く溶けますから。そのコーティングチョコレートが平凡なものだったらつまらないんじゃないかと思ったんです。人によってはそのまま味は消えていくクセのない方がいいという方もいらっしゃると思うのですが、うちらしさを出すためにはやはり個性的なものにしたいなと思いました。

そうしてあらかじめゴールをイメージして臨んだのですが、最終的に出来上がったのは、『これがいい』と頭で考えていたチョコレートとはまた違ったものでした(笑)
平凡というわけじゃないけど、テイスティングを重ねていくうちに、例えばさっきのケーキにもロデッセイを使ってるんですけど、こういうものにも使うアイデアも浮かんできて、割とバランスのとれた、自分の好みのチョコレートが出来上がってしまった。そういう迷いもあって、ロデッセイの時はけっこう時間がかかりましたね。

その経験があったので、ふたつめのオールノワール『アルテミス』の時は早かったですね。甘くなくてキャラメル感もいらない。ミルキーじゃないミルクチョコレート、そういうのが欲しかった。それで組み立てていったら、ロデッセイで使っているカカオ豆をそのまま使った、ロデッセイのミルクチョコレートバージョンになりました」

ニコショコラトリー矢ヶ部シェフ
―オールノワールの制作プロセスで印象深かったものはありますか?

「オールノワールを創り上げていくまでに、メーカーの専門家とのヒアリングで方向性を固めたり、産地別のチョコを食べ比べたり、候補のチョコをムースやガナッシュにした状態で試食したり、ほかにもいろいろあるんですけど、やっぱり、砂糖もカカオバターも入らないカカオマスだけの状態で食べた時かな。カカオマスを溶かした状態でテイスティングするんです。産地別のクーベルチュールをタブレットの状態で食べるんですけど、ある程度イメージが決まってきたら今度はカカオマスだけでテイスティングして、求める味の解像度を高めていく感じ。あれで味を決めていくのは初めての体験で、難しくもあり楽しかったですね」

―「ロデッセイ」のネーミングの由来は?

「80年代の映画が大好きなんです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか『スタンド・バイ・ミー』とか。あれって、基本的にどこかに行って帰ってくる話なんです。単純な話なんだけど、すごく面白い。行って帰ってくる行程のなかでいろいろあって、主人公が成長して帰ってくる。“L’Odyssée”は『長い冒険の旅』という意味なんだけど、そういう旅への憧れのようなものが僕の中にいつもあって。どこかに行きたい。そして何かを得て帰ってきたい。そしてまたそれを繰り返したい。そういう想いをこめて『ロデッセイ』にしました」

チョコレートの世界はまだまだ発展途上。だから面白い


ニコ ショコラトリーのボンボンショコラ
「僕にとってチョコレートを作ることは、実験に近い感覚ですね。出来上がったときはよくても、時間が経って全ての香りがチョコレートに移って2週間経った時にどうなっているか。ケーキと違ってチョコレートは2週間経っても状態が変わらないことが求められますから。
チョコレートの業界は、まだまだ発展途上のような気がします。ここ10年ぐらいですごく変わったと思います。情報が更新されていくスピードが早い。僕ら修業時代はカカオバターは4種類くらいだったのに、いつの間にか6種類くらいに増えていたり。技術や材料が日々更新されている。それを追うのも面白いです。肌ではわかっていても、メーカーで研究している方たちが『こういうことですよ、顕微鏡で見るとこうなっています』と数値化して教えてもらうと、『なるほど』って」

実は実家が和菓子店を営んでいるという矢ヶ部シェフ。
無駄をそぎ落とした、限られた世界で素材との無限の組み合わせに挑みつづけるシェフのなかにも、生粋の職人としてのDNAが息づいているのでしょう。職人としてのオリジナリティを追求するショコラティエに寄り添うカカオバリーのオールノワール。チョコレートを巡る矢ヶ部シェフの旅、その先にはまだまだ無限のチョコレートの世界があります。

ニコ ショコラトリー矢ケ部シェフ

 

【取材協力】


NICO chocolaterie(ニコ ショコラトリー)
住所:福岡県小郡市小郡482-6(地図はこちら
営業時間:11:00~17:00
定休日:HPやインスタグラムよりご覧ください
公式サイト:https://nico-chocolat.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/nico_chocolaterie/


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